エッセイ「シルクロードを行く」

ヒンドウクシュ山脈を越えて(2)

2004/11/01更新

ハイウェイの両側の並木は、逞しく太い。その太く逞しい幹は、上部で枝を四方に広げて、街路樹のトンネルを作る。この並木のトンネルは、ヒンドウクシュ山麓のチャリカル近くまで続き、日射しの強いこの国の住民にとって、恰好の憩いの緑陰である。左手にコヒダマンの丘陵地帯、前方にヒンドウクシュ (インド人殺しという意) の峨々たる山系を望みながら、途中サライ・ホージャをはじめ、幾つかの部落を通り過ぎる。
チャリカルを過ぎる頃から道は少しずつ上り坂となり、ヒンドウクシュの登り口の町、ジェバール・サラージ (光の山) に着く。この登り口の町の少し手前の分岐点から左へ、未舗装の道路をゴルバンド川に沿うて行くと、シバル峠 (標高3,285メートル) を経てバーミヤンに通ずる。
このバーミヤンは、53メートルの磨崖沸で有名であるが、3日後私は、在家仏教のメンバーと合流して、この道を通りバーミヤンを訪れる事になっている。


 この分岐点から、東へ4~5キロメートルの地点にクシャン朝初期の都城として、文化の花を咲かせた仏教遺跡ベグラムがある。
7世紀 (西暦630年頃) に、ここを訪れた唐僧、玄奘三蔵の大唐西域記によれば、「バーミヤンで15日ほど過ごした玄奘は、それから増氷峨々として、飛雪千里、吹雪の荒れ狂う深山の中を道に迷い、猟師に道案内を請い、漸くの事でカピシァ国 (今のベグラム) に着いた。
この国の王は熱心な仏教徒で、都城には寺院が100ヵ所、僧徒6000人余という盛大さで、大乗仏教を奉じている。」とあり、当時の仏教繁栄の様がしのばれる。玄奘は逆にバーミヤンからこの道を通って、ベグラムに入ったのである。
このベグラムは、是非訪れたいのだが、ソ連の空軍基地を通らねば行けぬという理由で、マティン君がなかなかOKと言わない。諦めるより致し方ない。さて、道は20メートル程の川幅をかなりの水量で急流するサラン川に沿って、だんだん急坂となりカーブが多くなる。車は漸くヒンドウクシュ山脈に入り、サラン峠にかかる。川は名に負うヒンドウクシュの雪解けの清流である。
岸にはチナル (ポプラの一種) の木が緑色の葉を繁らせ、所々に鮮やかな黄色の葉を交えて際立ち、周りの殺伐とした光景に対照して、素晴らしい渓谷美を見せている。見上げると、山々は暗緑色の山塊に黄色の山塊が重なり、白色の山塊を赤色の山塊が押し上げ、一木一草もない山容を飽くまで深い紺碧の天空に向かってせり上げる。空と山のすさまじいコントラストである。大自然が奏でる音なき大狂想曲である。
やがてサラン峠にかかる。曲折するハイウェイには、防雪と崖崩れ防災の為に、頑丈な鉄筋コンクリート製の屋根の覆いがある。4、50トンはあろうかと思われる落下した岩石が、眼下の斜面に所々ころがっている。自動車もろ共これにつぶされた不幸な人達もいると、マティン君の表情は幾分沈痛である。
車は、あまり立派とは言えない薄暗い照明のある、全長2700メートルのサラントンネルを8分程で通り抜け、ヒンドウクシュの北側に出る。急斜面を迂回しながらの降下である。この北側斜面にも、チロチロとしたたり落ちる雪解けの水を集めながら、やがてはそれが流れとなり、下るに従って川幅は急激に広くなり、水量は増し、緑の木立が多くなる。間もなくヒンジャンである。ここはヒンドウクシュ山中の宿場で、峠を上下する人達のチャイハナ (茶店) で賑わっている。


 ここからヒンジャン川と合流するアンデルアブ川に沿って、下ること20分程で、ドシの部落に着く。川はここで、バーミヤンから流れているスルフアブ川と合流して、ヒンドウクシュの支脈と支脈の間に、一大穀倉地帯を形成しながら流れる。ドシの辺りからアンデルアブ川を合流してスルフアブ川は、更に川幅が広がり (利根川に匹敵するくらい) 、清流をたたえて滔々と流れる。この川沿いを下ること50分程で、交通の要衝プリホムリ (鳩の橋) に到着する。このハイウェイをそのまま北へ直行すると、バグランを経てクンドーズへ至る。更に北へ進み、オクサス川を渡れば、ソ連領となり、中央アジアのステップ地帯トルキスタン大平原である。このクンドーズは明日訪れる事になっている。
11時30分、ゴリ水力発電所横のプリホムリホテルに入り、昼食をとる。シルクロードの食事は、何処も殆ど同じ様なもので、チャイハナ (茶店) 程のこのホテルの食堂では、ナン、ショルワ、コルマ、シシカバーブ、くらいのものである。あまり美味しいとは言えないが、大きな金属の食器皿に山盛り出されたメロンは、ヒンドウクシュの雪解けの流れで冷やされて、実に美味い。
アフガニスタンに限らず、中央アジア周辺のメロンは、大きさが馬の頭程もあり、肉が厚く大変甘い。その上水分が多いので、素晴らしい。食事は口にしなくても、これが結構お腹を満たしてくれる。昼食後小憩の後12時40分、プリホムリホテルを出発する。マザーリシャリフへのハイウェイを15、6分走ると、左手奥の小高い丘陵地帯に、仏教遺跡がある。 (拝火教の遺跡とも言われる) カニシカ王の建立になるスルフコタル (赤い峠) である。農道へ入り、車がやっと通るデコボコの山道を10分程で登り詰める。遺跡は、この丘陵にスツーパー (仏塔らしきもの) を中心に、僧院や僧房の跡があり、丘陵全体が遺跡で、かなりの規模の大きさである。ここで発掘された品々は、今はカブールミュージアムに陳列されている。