エッセイ「シルクロードを行く」

トロイの遺蹟に立って(トロイの遺蹟ヒッサリクの丘、トロイのヘレネ)

2006/02/01更新

トロイの遺蹟ヒッサリクの丘

このトロイ、ギリシャ語でトロイアと言いますが、この遺蹟は、紀元前3000年頃から紀元後1500年くらいまでの凡そ4500年間の遺蹟が、一層から九層まで重なり合って出来ており、トロイ戦争の時代 (紀元前1500年前後) の遺蹟は、その第七層の部分だと言われております。


 このトロイアの遺蹟はさほど大きくはなく、半日もあればゆっくり見る事が出来ますが、ここはトロイ戦争の遺蹟という事で、訪れる人が後を絶ちません。私が今回のツアーに参加致しました第一の理由も、このトロイアの遺蹟、ヒッサリクの丘に立つ事だったのです。
私はずっと以前から一度はトロイに是非行きたいという強い願望を抱いていましたが…。
本当はトロイの遺蹟というより、トロイのヘレン、ギリシャ語ではヘレネと言いますが、この絶世の美女ヘレネに憧れていたのかもしれません。トロイアと言えばヘレネ、ヘレネと言えばトロイ戦争、トロイ戦争と言えばトロイの木馬が連想されます。


 このトロイ戦争は、映画にもなりまして、皆さんもご承知の通りでございましょうが…。このトロイ戦争の動機が、又面白いですね。


トロイのヘレネ

 美女の罪作りは、古今東西を問わない様ですが、このトロイ戦争もヘレネという、ずば抜けた一人の美女の浮気によるものです。浮気と申しましても、彼女を取り巻く神々のリモートコントロールによるもので、実際にはヘレネも被害者だったのかもしれません。


 ある時、いたずら好きのギリシャの神々の王、ゼウスの神が、オリンポス (ギリシャの神々の国) 一の美女選びをする事になりまして、それに立候補したのが、3人の誇り高い美人の女神達です。
その名は、アテーネー、ヘーレー、そしてアプロディテーです。
アテーネーは知恵と勝利の女神、ヘーレーはゼウスの神の妻、アプロディテーはヴィーナスの事です。
 ヴィーナスといえば、今ではパリのルーブル美術館にある女神の彫刻で、美の典型とされていますが、神話の中では、浮気で悪知恵の働くしたたかな女神として登場致します。
 日本の男性の中には、このヴィーナスに憧れている方が沢山いるそうですから、あまり本当の事は言わない方がいいのかもしれませんですね。


 この時の美人コンクールでは、当選者には黄金のリンゴを与えて、オリンポス一の美女のシンボルとする事になりましたが、3人共いずれ劣らぬ美女で、なかなかオリンポスの神々にも美人の第1位が決定しかねた様です。


 そこで、ゼウスの神は止む無く、トロイの王子で、美男の誉れ高いパリスに審判を命じます。
ミスオリンポス、いやミセスオリンポスというべきでしょう…。オリンポス一の美女を決めてもらう為に、3人の女神は、早速トロイのパリス王子の所に出かけます。選考には常々裏工作がつきものです。
これは、神様の世界でも同じだったとみえて、三人の女神達はトロイアに着くや夫々直ちに裏面工作を始めます。
先ずヘーレーです。パリスに「あたしをオリンポス一の美女に選んでくれるなら、アジア全土をあなたのものにしてあげるわ」と言います。
次にアテーネーは「あたしに白羽の矢を立てて下されば、智恵と戦いの勝利をあなたのものに…」と言いました。
最後のアプロディテーは、前の2人と全然別の言葉を言います。「ねぇパリス、あなたが、もしもよ、もしも私をオリンポス一の美女に選んでくれるなら、世界一の美女をお前さんにあげる事よ…どう?」と流し目をくれます。


サア、トロイのパリス王子は一体3人の中で、美人コンクールの1位に誰を選んだのでしょう。


 皆さん!もし皆さんがトロイのパリス王子としたら、3人の女神の中うち、一体誰を選びますか?アジア全土を、と言ったヘーレーですか?智恵と戦いの勝利を、と言ったアテーネーですか?それとも世界一の美女をあなたに、と口説いたアプロディテーですか?


 ところで、軽率でうぬぼれ屋のトロイの王子パリスは3人の女神の中の一体誰に白羽の矢を立てたのでしょう?パリス王子は、世界一の美女を差し上げると言ったアプロディテーを選びました。
何故なら、その世界一の美女の名は、スパルタのヘレネという世界一の絶世の美女であるという事を前もってアプロディテーから聞いて知ったからです。ヘレネの名を聞いて、パリスは胴震いをして、フラフラと黄金のリンゴをアプロディテーに与えてしまったのです。万歳!アプロディテーは飛び上がって喜んだに違いありません。そして約束通りにヘレネの心をたぶらかし、パリスがスパルタを尋ねた時は、ヘレネが自分の幼い娘の子を置き去りにしてパリスについて行く様に魔法を使って仕向けたのです。


 ヘレネがパリスと共に手に手を取ってスパルタを逃げ出した時、ヘレネの夫、スパルタの王のメラネウスは丁度留守でした。帰国して、事の次第を知った彼は、兄のアガメムノンと共に、ギリシャの王達を総動員して、トロイ攻撃に出陣します。こうしてトロイ戦争が始まったのです。このギリシャとトロイアの合戦は、10年間に及びましたが、最後は、ギリシャ軍のあの有名な木馬作戦によって、トロイアは全滅してしまいます。


※この文章は昭和60年頃に行った卓話をもとに作成したものです。